2008年11月アーカイブ

 

介護アドバイザーとして活躍されている高口光子さんの講演の中で、

「見て見て!聞いて聞いて!」が大切、という話がありました。

そして、それをちゃんと興味と関心を持って聞くことのできる

先輩、上司、リーダーが必要、ということでした。


これまで、介護現場で毎日のようにミーティングを繰り返してきましたが、

この「見て見て!聞いて聞いて!」と「何?何?」が

活発なメンバーの時ほど、充実したミーティングになって、

その後のケアもスムーズで、より生き生きしたものになるようでした。


「見て見て!聞いて聞いて!」というのは、

自分の体験したことや感じたことを、他の人にも「知ってほしい!」ということであり、

また「何?何?」というのは、

それぞれの利用者さんのことについて「もっと知りたい!」という関心を表しているのだ、

と思います。


少し硬い書き方になってしまいますが、

情報というのは、「知ってほしい」側と「知りたい」側がいて、

初めて意味を成すのだなあ、と思います。


特に「知りたい」という情動は大切で、

この気持ちがない所には情報は集まってきません。

よく「私、聞いてないわ!」と怒ったりする人がいますが、

僕の経験する限り、そういう人に限って、特に知りたそうでもなく、

聞いたところですぐに忘れてしまったり、

知ったことを利用者さんの役に立てられない方が多いようです。


なので、ちょっと非効率的なのかもしれませんが、

スタッフ同士が顔を突き合わせて、

お互いに「見て見て!聞いて聞いて!」「何?何?」とやりあうミーティングは、

結構大切だよなあ、と感じています。

 

僕も特養で働いていたので、

実感として強く持つことができるのですが、

1フロアに50人の利用者さんがいると、

どうしても1人1人を意識する力が弱くなりがちです。


もちろん、50人全体の状況を広く見る眼は不可欠で、

1人1人に注目するあまり、全体の状況が見えなくなってしまうのでは、

施設勤務の介護職としては、ある意味仕事としては成り立たなくなってしまいます。


ただ、どうしても、その全体性ばかりが強調される(先輩から指導される)ために、

1人1人という視点が薄くなっていきがち、ということは、

もっともっと強く意識されないといけないように思います。


僕は新人の時にハッと気付きました。


「そうだ、50分の1、ではないんだ!」


…当たり前のことなんでしょうが、

その時には、とても大事なことに気付いた、と、

うれしくも恥ずかしくも感じたように覚えています。


これはグループホームでもデイサービスでもきっと同じですよね。

今、僕が従事している、ケアマネジャーの仕事でも同じだなあ、と、

改めて反省しています。


 

 

先日、作家である渡辺純一さんの「鈍感力」という本を読みました。

鋭いとか、敏感である、ということに価値が置かれる世の中で、
逆に鈍感とか、鈍い、というのはダメの象徴のように思われている。
しかし、鋭くで敏感であるがゆえに、繊細で弱々しく、すぐにくじけてしまったり、
また心配で仕方なくなって、心や身体を病んでしまうよりは、
少しくらい鈍感で大らかな方が、世の中生きやすい、

・・・と、大雑把ですが、そのような提言の本でした。

僕もどちらかと言えば鈍感力賛成派で、
これは自分が鈍感だからかもしれませんが、
特に介護においては少々鈍感で大らかな方がいい、とさえ思っています。

とは言っても、あんまり気付けないのもいかがかとは思いますし、
体調の変化など、見過ごすと大変なことになるものもあるでしょう。

なので、僕の理想は、底流に熱い愛情や優しさが流れている上で、
超敏感かつ超鈍感、という境地です。

分かりにくいかもしれませんが・・・

すごく繊細に、専門的なスキルをもってして、
その方の細かな変化に気付けると同時に、
すごく大らかで、細かいことなど気にしないそぶりで、
その方と接する。本当に気をつけないといけないことをちゃんと見極めて、
それ以外のことには目をつぶる、見ないフリができる。

そんな介護職でありたい、と思っています。

僕が介護を受ける立場であったなら、
知っておいてほしい反面、全部管理されてもかなわないなあ、と思うからです。

超敏感で超鈍感、
ちょっと言葉からイメージしにくいですが、かっこよくありませんか?(^^)

 

僕が特養に介護職として就職して1年目のころ。
ある男性利用者さんの担当となりました。

その方は言語障害がある方ですが、
意志ははっきりしておられて、嫌なものは嫌、とはっきり示されます。
脳梗塞の後遺症で片マヒがあり、全身の拘縮も進んでいました。
総入れ歯を持ってみえましたが、
どうも入れ歯は嫌なようで、いくら歯科医が調整しても拒否されます。
介護職が勧めても、床に投げつけてしまうまでになりました。

ただ、歯科医の先生からは、入れ歯をして口腔内の形を維持しないと、
どんどん変形していってしまい、気道や食堂をも圧迫しかねないから、
できるだけはめてほしい、との意見もあり、
現場の介護職は何としてもはめて頂こうと無理にでも勧めていたのでした。

無理に勧める

嫌がる

床に投げつける

結局はめてもらえない

ということが毎日繰り返され、
本人のストレスもたまっているようでした。

そのころ、担当の僕としては、結局はめられないのなら、
無理にすすめることもやめた方がいいのではないか、と悩んでいましたが、
歯科医からの指示で、はめないことのリスクも聞いていたので、
どっちつかずでグズグズしていました。

今にして思えば、もっと上司、先輩に相談したり、
ご家族も含めて話しあいをしよう、とスッと思えますが、
その時は一人で行き詰っていたのですね。

ふと、そんな9年前のことを思い出しました。

 

介護の現場では、よく「利用者さんの訴え」という言葉が聞かれます。
もう9年前にことになりますが、
特養に就職した頃には「そうかあ、訴えって言うんだ」と、
とりあえずは素直に思ったものですが、
よく考えてみると、日常的にはあまり使いたくない言葉のように感じます。

月並みな方法ですが、「訴え」を辞書で引いてみました。

(1)物事のよしあしの判断をしかるべき機関や人に求める。
判決を請う。告訴や告発をする。
「裁判所に―・える」「奉行所に―・える」
(2)(解決してもらうために)不満や苦痛などを告げる。気持ちを強く述べる。
「空腹を―・える」「悩みを―・える」
(3)(事態の解決のために)強力な手段をもちいる。
「武力に―・える」
(4)相手の心や感覚に強く働きかける。
「その言葉は人の心に―・えるものがあった」「視覚に―・える」

介護現場での用法としては、(2)が近いかな、と思います。
それでも、この「強さ」が何となく気になります。

それだけ「強く」言わなければ、改善されないことが、
そんなに日常的にあっていいものか、というのがそもそもの疑問、違和感なのです。
「訴え」というと、その言葉に相当するだけの特別な要望であり、
切迫感や必死ささえ感じられます。

ただ、実際の介護現場は、そのような状況下に置かれている、
という方が当たっているのかもしれません。
僕も特養で勤務していた頃は、その最前線にいたので、
すごくよく分かる気がします。

介護現場から「訴え」という言葉がなくなる時、
そこには日常生活を支援させて頂くという穏やかな生活の場が
生まれている時なのかもしれませんね。

 

※体調不良で少しご無沙汰していました。

また更新頻度を上げて頑張りますね(^^)/

 

 

先日のケアマネ研修でのこと。

「私」の安心と「あなた」の安心は違うから、
あまりケアプランに使わないように、
と講師の方から助言を受けました。

安心という言葉は、ケアプランにはよく使いがちですし、
その「違い」に関しては、確かに鈍感になりがちなので、
なるほどなあ、と思いました。

ただ、安心、という状態は、
介護をする上で重要な目標の一つだと思うので、
それをケアプランに全く書かないように、というのはどうなんだろう?
という疑問も同時に湧いてきました。

そこで考えたのが、
「私」と「あなた(利用者本人)」の安心が違うなら、
その「違い」にスポットを当てて、理解しようとすればいいのではないか、
ということです。

その「違い」を話していくことで、
本人の本当に望んでいることが、より明確になっていくのでは?と思うのです。
「私」と「あなた」だけで今は考えましたが、
これに「家族」が加わったり、他の専門職が加わる場合もあると思うので、
それぞれが考える「安心」を、まずはテーブルの上に乗せて、
そこから本人はもちろん、関わっている全員が「安心」と感じるための
話し合いをしていきたい、そんなふうに考えました。

最初の助言をより正確に記すなら、

「私」の安心と、「あなた」の安心は違うから、
「共通認識もなく」「勝手に」「安易に」ケアプランに使わないように、

ということになりそうです(^^)。

よく、現場を経験しないで管理職になった人に対して、
「あの人は現場のことが分かっていない」「現場感覚が分からない」
と言うことがあります。

僕は幸いにして、特養の生活相談員になる前は
1年間だけとはいえ、介護職員だったので、
あまり「分かっていない」と言われることはなかったように思います。
(なった後も、欠員補充のために随分現場で仕事をしていたからかもしれません)

では、具体的には、どんなことを現場感覚と言うのだろう、と、
僕は色々と考えてきました。
それをハッキリさせないと、言われ続ける方もたまったものじゃないよな、
と思うので、具体的なところで書いてみます。

往々にして現場感覚とは、現場の大変さの象徴でもあり、
現場以外の人に、「この大変さが分かってたまるか!」とでも言うような、
少々自暴自棄な意味も込められているように感じています。

主に特養での体験の中で、具体的な例を挙げるなら・・・

             ◎         

【夕食後、就寝前のトイレ介助】

職員がぐっと減る時間帯。
僕はトイレの前で利用者さんを待ち受けて、
ひたすらに一人で介助できる方をトイレに誘導していました。

皆さん、トイレに行きたかったり、
また、疲れてくる時間なので、少しでも早く部屋へ連れていって横にしてもらいたい、
という状況です。

訴えの嵐と迫り来る時間の前で
利用者さんの気持ちなど考える余裕もだんだんなくなっていき、
ただ、叫び声ともつかぬ大声と、汗にまみれながら、
いっそ心などなくしてしまった方がラクなのか、と思いながら、
どんどん機械的になっていく自分を見てしまう・・・
そんな自己嫌悪と誰かのせいにしたくなる気分の二律背反。

           ◎

【夜間のオムツ交換】

朝の3時半から50人のオムツ交換&トイレ誘導を、
2人の夜勤で行う状況。
また今日に限って便失禁の方が多く、
全更衣、シーツ交換まで行う方が8人くらい。

利用者さんも寝ているところを起こされて不快なので、
ぶすっとされている方や、怒り出す方も。
「ごめんなさいね。すぐ終わりますからね」と言いながらも、
時計に目をやるともう5時半。

最期の方を終えて、洗濯室で後始末をしてから寮母室へ戻った時には、
すでに5時55分。
6時からは起床介助に入るので、足腰を休める間もなく、
お茶と持ってきていたパンを一気にほお張って、
汗まみれのまま爽やかな朝のために動き出す時の
二度と経験したくないような疲労感・・・。

          ◎

【機械浴の方の入浴介助】

年々、特養では重度化が進み、
機械浴利用の方が増え続けました。
入浴介助の着脱担当となると、2時から5時までは、
延々利用者さんに服を脱いでもらって、抱えてチェアへ移乗。
その間に、前に入っていた方が出てくるので、身体を拭いて、
抱えて車椅子へ移乗、という介助内容。
それを3時間ぶっ通しなので、さすがに腰がやられます。
夏の暑い時期などは、もう汗も出ない、というほどに。

お一人お一人に丁寧に親切に介助を行うものの、
最後の方となってくると、いけないとは思いつつも、あと何人?という感じに。
それで終わった〜と思っていたら、実はもう一人いたりすると、
みんなで大きく肩を落とす・・・なんてことも。

また、いかに早く終えるかがやりがいになってしまったりして、
4時半とかに終わると素晴らしい、という雰囲気も生まれてしまう。

           ◎

と、日頃ほとんど書いてこなかった、
ちょっとブラックな面ではありますが、
特養などの施設経験者なら分かって頂けるのかな、と思います。

介護が重労働だな、と思うときはこんなときで、
肉体の疲労が精神をむしばんでいく時はさらに苦しいな、と思います。
いい介護をしよう!と真面目に頑張るほど苦しくなる時もあるように思います。

その苦しみを「現場感覚」と言ったりしますが、
それにも勝るとも劣らない「楽しみ」もまた「現場感覚」だったりする、
ということは、忘れずにいたいものです。

また、生活相談員の仕事をしてみて思うことは、
相談員には相談員の「現場」がある。
事務員には事務員の「現場」、
施設長には施設長の「現場」がある、ということなんですね。

なので、介護職だけが「現場」というのは、あまり適切ではないなあ、
なんて思ったりします。
あえて言うのなら「介護現場」だな、と、思っています。

みんなそれぞれの現場で頑張っているはずなので・・・、
共通理解を持って、同じ目的に向かって歩めるといいなあ、と
少々きれいごとですが思ってしまいます。

2008年12月

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Sakakkie's プロフィール

Emi
大学の経済学部在学中、特にやりたい仕事もなかった頃、たまたま何かのきっかけで介護の仕事に出会いました。
具体的には何がきっかけだったのかはよく覚えていないのですが、早速始めた特養のボランティアでの体験の中で、 介護の仕事が自分の目指す方向や人間像にピッタリくるのを感じました。

大学卒業後、特別養護老人ホームの介護職として就職。
その後生活相談員3年、同法人のグループホーム主任介護士4年を経て、 現在は居宅のケアマネジャーとして勤務していて、 今年で介護職9年目になります。
グループホーム在職中に、ケアマネジャーと介護福祉士の資格を取得しました。

将来は自分で介護サービスの会社を設立することを目標としています。

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