私は老健にパートで勤めている介護職員ですが、
レクリエーション援助を担当しているので、
介護とリハビリ科2つにまたがるような働き方をしています。
でも目指すところは「日本一の介護福祉士(笑)」ですから、
介護福祉士としての自分を育てる為に経験を積んでいるところなんですね。
一日の業務ですが、トイレ介助して、入浴介助して、レクリエーション援助をしてま
たトイレ介助をして、日誌を書く、カンファにも参加する、その上で、毎月の誕生会、
週3のレクリエーション援助の企画準備実行に携わる、と言うことを「週3の非常勤」で
こなしているわけですから、仕事が終わる頃は毎日フラフラです。
何度か「レクリエーション援助担当としてリハビリ科専属になった方が楽だと思うよ」と
甘い誘惑を投げかけられたのですが、その都度、断ってきました。
仕事としては、もちろん介護が専門なんですが、
上の理由で、リハビリ職の人との連携が非常に多く、
「勉強せざるを得ない状況」が何度も生まれました。
変な話ですが、私は介護福祉士でありながら「レクリエーション援助の先生」や
「理学療法の先生」「作業療法の先生」「音楽療法の先生」に
「介護とは何ぞや」を教えてもらって、今の自分を形成してきたのだと思っています。
リハビリ関係の先生達に影響を受けて学んできた、と言うわけです。
老健では、レクリエーション援助のトップは音楽療法士ですが、
製作レクのトップは作業療法士でした。
私は二つのレクリエーション援助に関わっていたので(一時期製作レクのトップも経験した)常に、
音楽療法士、作業療法士と「どうしよう」「ああしよう」と相談しながら仕事を回してきましたし、
3人はとても仲良しでした。
作業療法士は12月に出産しまして、今、産休に入っています。
とても寂しい思いをしています。
今日、産休中の作業療法士、
ドラちゃんの家に生まれたばかりの赤ちゃんを見に行ってきたんです。
3人で久しぶりに会って楽しい時間を持ちました。
赤ちゃん、すごく可愛いですよ。
ずっと抱っこしてミルクも飲ませました。
オムツ交換の時は思わず「パット入れなくていいのかい」とか
「アズノール塗ろうか」なんて言って3人で笑ってしまいました。
作業療法士ドラちゃんに「今まで何人も家に赤ちゃん見に来てくれて抱っこしてくれたけど、
寝かしつけたのはJUNKOさんが初めてだよ。」なんてほめられちゃった。
そら、3人も育てたんですもん。
赤ん坊の扱いはプロです。
職場の話、これからの話、趣味の話、育児の話・・・・いろいろと話し合ったのですが、
今思えば、私自身、結婚してからは育児オンリーの期間が長く、
その間「一体何しているのやら」と言う怪しげな(笑)職歴(パート歴ですな)を
繰り返して介護福祉士になっているので、とにかくユニークな介護福祉士だと思っています。
「なんで、非常勤だからって○○やっちゃいけないの?やっている仕事常勤と同じじゃん」とか
「なんで、レク援助担当だからって○○やらせてくれないの?
エヴィデンス?点数?マネジメント?関係ねーよ。」
とか
「レク援助担当だからこそ、認知症ケアを勉強したんだよ。
介護の勉強したいから、エヴィデンスも知りたいんだよ。」
とか、
わけのわからない事を言う介護福祉士でした(笑)
そんな介護福祉士ですが、今日は作業療法士ドラちゃんと音楽療法士ユーミンに、
心からお礼を言ったんです。
「普通に介護の仕事だけやっていたんじゃわからなかった事がたくさんあった。
私は『レクリエーション援助』と言う引き出しと『介護業務』と言う引き出しを
二つ持ち合わせ、『リハビリテーション』と言う3つ目の引き出しに首突っ込んだから、
非常勤でありながら、本当に多くを学ばせてもらった。
私は、レクリエーション援助の先生から認知症を学んだし、
音楽療法士のユーミンには現場実践を任せてもらった。
作業療法士のドラちゃんからは将来の夢をもらったんだよ。」
ドラちゃんは「将来の夢って何?社会福祉士?」と私に聞いたんです。
私、「ねえ、考えてみて。あんた、珍しい作業療法士だよ。
普通、作業療法士の先生はレクの資格も持っていない
介護福祉士にレク援助の指導なんて頼まないと思うよ。
新人研修なんてさせないと思うよ。
あんたは、OTS(作業療法士実習生)を私に丸投げしてくれた。
信頼して私に『レクリエーション援助を教えてあげて下さい。』と一任してくれた。
私はあんたに感謝しているんだ。
いくら実習生とは言え、作業療法士の先生になろうとしている卵さん達。
その人達が一生懸命レク援助の企画書を書いて私に提出をする。
“こんなの無理”なんて思いながら、それでも勉強だから実際にやらせてみると、
真剣にレク援助をやって案の定失敗して首をうな垂れてフィードバックに入ってくる。
その時の顔、すごくいいんだよ。
悔しさや敗北感、逆に充実感や嬉しくて仕方ないって表情、
失敗して殆ど泣き顔の子もいた。
私の話を真剣に聞いている。
“もう一回やらせて下さい!”と頼む子もいた。
あたしはこういう子達にがっかりさせちゃいけないと思って、一生懸命勉強した。
質問されて答えられるように。
作業療法士の実習生を教えることを続けさせてもらって、
その真剣な目をみる度に“将来、こういう子達を育成したい”と思うようになった。
だから、介護教員になって、現場で介護福祉士の実習生を育成する
スーパーバイザーになりたくて大学に入ったんだよ。」
ドラちゃんは照れくさそうに
「そうだったんですか!それで社会福祉士に!」と驚きの声をあげました。
私、「うん。実は大学のガイダンスで、その事をレポートに書いたら、
『なにも福祉大学卒でなくても社会福祉士持っていなくても、
介護教員にはなれる』と先生に言われて、ひどくがっかりした。
私は、介護福祉士を育てる実習で「あれ」とか「これ」とかそういう言葉で説明したくない。
専門用語を使って、大元になる知識を少しでも多く知って、それを学生に伝えたい。
これから介護福祉士の資格取得も難しくなって、
より高度な教育者が求められるようになると思うんだ。
デイと老健でしか働いたことがないのに「特養はどうですか?」
「グループホームはどうですか?」と聞かれて
「え〜と聞いた話によると〜」と言うのは言いたくない。
この夏、実習で確かめてくる。この目で確かめてくるんだ。」
ドラちゃん
「私、、、OTの仕事、あまり意欲的ではなかったんですよ。
でもJUNKOさんに影響されました。本当に影響されました。」
私「とんでもない。私は介護職員でありながら、PT(理学療法士)やOT(作業療法士)、ST(言語聴覚士)、MT(音楽療法士)に育ててもらった。
小さな引き出しをどんどん増やさせてもらった。
私の場合、レクリエーション援助が一つ目の引き出しだったけれど、
何でもいいんだと思う。
例えば介護用品の工夫とかリスクマネジメント、排泄介助や食事介助、入浴介助でもいい。
「これが好き」「これを極めたい」と思った分野で自分を伸ばしながら、介護業務を続ける。
すると視野が広がる。
昔、メキシコに1年住んでいた時、英語でスペイン語を学んだ時期があった。
日本に帰った時、驚いた。スペイン語を学びに行ったはずなのに英語が上達していた。
これと同じだと思う。
レク援助を学んでいて認知症ケアがわかってきた、と言うのは。
考えてみれば、「言語を学ぶ」と言うことだって同じ、
「言葉の通じない人とコミュニケーションを取る方法」だから
私の認知症ケアに大きな影響を与えた。
「この人、何を言いたいんだろう」「この人、何をすると楽しいんだろう」
「この人、何をしたくないんだろう」
こういう観察力や推察力は外国語を学んだから、レクリエーション援助を学んだから、
身についてきたものだったんだよ。」
一緒にいたユーミンが
「なるほど〜〜。」とうなっています。
この音楽療法士は4月から作業療法士の学校に通う予定にしている子なんですね。
「あんたは音楽療法士と言う大きな引き出しを持って作業療法士と言う
これまた大きい引き出しを作るんだね。
きっと3つ目の引き出しは素晴らしいものになると思うよ。」
とエールの言葉を。
リハビリ職が持っている膨大な量の知識を、生活の場に活かすには
「介護職の教育」が必要なんだよ。
介護は介護、リハビリはリハビリ、そういう縦割りが一番勿体ない。
私が「ついていきたい」と思った先生に「専門バカ」は一人もいない。
みんな「いろんなことに手を出している先生」ばっかりだよ。
専門外にも通じている先生。
引き出しをたくさん持っている先生だ。
「介護」を知っている
「生活」を知っている
「認知症」を知っている
だから、あたしはそういう人達を追いかけたい。
引き出しをたくさん作りたい。
今はまだ小さな引き出しだけれど、どんどん大きな引き出しに変えて行きたいんだ。」
こんな話をして、ドラちゃんの家を出たのでした
とってもいい一日でした。
最近のコメント